【読書メモ】「市場サイクルを極める」

まとめ

 市場の将来は誰しも予測できないが、サイクルが無くなることは決してない。サイクルが存在する根本的な原因は、人がかかわっていることにあるからである。サイクルは投資家の揺れ動く過剰に行き過ぎた心理によって形成されるものであり、合理性の仮定からかけ離れた行動の結果である。
 最大の投資リスクは、経済関連のマイナス材料や予測を下回る企業情報ではなく、市場の懐疑心が薄れ、リスク許容と楽観主義に満たされているとき、投資家は妥当なリスクプレミアムに固執せず、資産価格が過度に高い水準に達した時に訪れる。
このように行き過ぎたリスク許容の姿勢は危険の発生を後押しするが、一方でリスク回避姿勢が行き過ぎたところまで振り子が振れると絶好の買い場をもたらす。過去のテックバブル、金融危機など幾つものバブル形成と崩壊が繰り返されてきた。
物事の理由や結果が過去の例と全く同じになる事はあり得ないが、たいていの場合、かつて見たのと似たような展開をたどる。つまり「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」のだ。従って、将来を見通すことが出来なくとも、サイクルのどの位置にあり、それが将来の動向にどう影響するかを理解する姿勢は極めて重要である。
 その為にカギとなるのは心理の振り子とバリュエーションサイクルが今どの状態にあるかを知る事だ。過度に楽観的な心理と、高すぎるバリュエーションを積極的に受け入れる姿勢から価格がピークに近い水準まで高騰しているときには買わない、
そして、冷え込んだ心理とバリュエーションの低下でパニックに陥った投資家が全般的に価格が低下しているにもかかわらず、売りに走っている時に買うべきだ。従って、ポートフォリオ構築においてもサイクルの中での位置づけに基づいたポジショニングをとり、攻撃的ないしは守備的に構築する。
 投資家はバリュエーションの著しい乖離を正当化する術に長けており、「今回は違う」とサイクルの存在を無視し、これまでのトレンドをそのまま未来に当てはめようとすることがあるが、これは投資家が冒しうる重大な危険の一つであり、危機の予兆となる。
 繰り返しになるが、極端な行動をとる人間の性向が無くなることはなく、そうした極端な状態はいずれ修正されるため、サイクルが無くなることはないだろう。

2008年金融危機に見る市場の振り子

 証券市場における地合いの動きは、振り子の振動によく似ている。
これは概して投資家の行き過ぎた心理状態(楽観主義、強欲、リスク許容 ⇔ 悲観主義、恐怖、リスク回避)によって起こる。

 例えば2008年の金融危機住宅ローン担保証券が商品化された当初は様々な背景が住宅価格を後押しした。

<楽観主義、強欲、リスク許容を強めた背景>
・家を持つというアメリカンドリームを広めることに熱心な政治家による煽り(ジョージ・W・ブッシュ
FRBによる全般的な利下げと高利回り商品に対する旺盛な需要
・中国や原油生産国など国外へ流れた過剰流動性が還流するという確信
・住宅ローンを原資産とした新たな派生証券の登場とニーズの高まり
・住宅ローン貸し手の緩過ぎる融資基準、格付機関の利益競争を背景とした不当な格付けのかさ増し
投資銀行によるリスクを度外視した仕組債の発行

 これらの要因が一層、商品価格を押し上げ、市場は寛容なリスク許容姿勢と楽観主義を強めていった。
しかしご存知の通り、サブプライムローンの借り手によるデフォルトが大々的に発生した結果、住宅ローン担保証券の相場は激しい下方スパイラルに陥った。

悲観主義、恐怖、リスク回避を強めた背景>
・甘い融資姿勢が明らかになり、融資基準の緩和でデフォルト率が前代未聞の水準に達する可能性が全く織り込まれていなかったことが露呈した
レバレッジを利かせた住宅ローン担保証券が融資の契約条項を満たせなくなり、発行体の債務不履行が発生した
・金融機関の株式が容赦なく売りたたかれ、規制緩和により銀行がレバレッジ比率を高めることが出来るようになった結果、複数の銀行の存続が困難となった

 悲観論が悲観論を呼び、一時は高すぎるバリュエーションを度外視する程の熱狂に駆られていた投資家が今度は安すぎるバリエーションでも手を出さなかった。
行き過ぎたリスク許容の姿勢は危険の発生を後押しするが、リスク回避姿勢が行き過ぎたところまで振り子が振れると絶好の買い場をもたらす。
(著者のファンドは相場が急落するさなかディストレスト・デット投資により巨額の利益を上げている)
客観性と理性を持ち合わせた中立的で安定した姿勢を保てる投資家はほとんどいないため、心理のサイクルは概してどちらかの行き過ぎた状態にあり、中心点で費やす時間はほとんどない。

歴史は繰り返さないが、韻を踏む

 投資の世界ではサイクルが浮き沈みを繰り返し、振り子は行きつ戻りつしている。
投資家の行き過ぎた心理により形成されるサイクルは、形は違えど過去にもみられる。(1960年代のニフティ・フィフティブームや2000年にかけてのハイテク・バブルなど)
「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」 by マーク・トウェイン
細かい点はさまざまに異なるが、こうしたパターンの確実性を認識し、現在がサイクルのどの位置にあり、それが将来の動向にどう影響するかを理解する姿勢は非常に重要である。

心理の振り子とバリュエーションサイクル

 サイクルの現在地を推測するためにカギとなるのが心理の振り子とバリュエーションサイクルである。過度に楽観的な心理と、高すぎるバリュエーションを積極的に受け入れる姿勢から価格がピークに近い水準まで高騰しているときには買わない、
そして、冷え込んだ心理とバリュエーションの低下でパニックに陥った投資家が全般的に価格が低下しているにもかかわらず、売りに走っている時に買うべきだ。
その為に周りを見渡して、自問するべきだ。
・投資家は楽観的か、悲観的か?
・新手の投資商品はすんなり受け入れたか、新株発行やファンドの新設に積極的かどうか?
・イールドスプレッドは小幅か大幅か?
・株価収益率(PER)は歴史的にみて高いか低いか?
こうして様々な尺度から現状に目を凝らし、そこから何をすべきか、答えが浮かび上がってくるのを待つ姿勢が重要であり、そうすれば卓越した投資判断を下すことも可能となる。